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人生100年時代って何?(自分の人生だよ)
生きがいの法則
「自分の人生はこのままで良いのか。」と考えたことはありますか?人生100年時代と言われて久しくなりました。私も接骨院を開業する前は普通のサラリーマンでした。淡々とした生活の中で、50歳が近づいてきた頃に漠然と急に自分の将来が不安になったんですね。大学を卒業して会社員となり50歳ともなると、そこそこのポジションにもなりますし、責任のある仕事も要求されます。でも、がむしゃらにやってきたほど先のことを考えると不安になるんですよ。サラリーマンの宿命かもしれませんが、気が付くと会社から任された仕事しかできないようになっていたんです。ちょうどその頃、勤めていた会社の社長から疎まれているのを感じていました。海外の子会社から帰ってきた私は自信過剰になっていたと思いますが、意見をはっきり言うところがありましたので、この辺が嫌われた理由だと思います。生意気だったんですよね。こんな時、何か人生を変えることができないか考えていました。そこで、さかのぼって高校生時代に戻ったら何がしたかっただろうかと考えたわけです。それは「お医者さん」でした。ただ医者になるには最低でも6年制の大学へ行き、インターンで2年が必要です。家族がいますから8年間は無理ですね。実際、頭もお金もありません。そこで考えたのが「接骨院の開業」でした。医者の仕事に近いのではと考えたのと、また先生と呼ばれる仕事にあこがれを感じました。そこで48歳に時に会社を辞め、柔道整復師を養成する専門学校へ行くことにしました。ここまでの話を友人にすると、まず言われるのは「奥さんが良くOKしたね?」と聞かれます。学校へ行っている子供も2人いましたので、ここで3人学校へ行くことになりましたので、経済的には苦しかったです。でも家内には「家族は飢えさせない。」と見栄を切り学校へ行くことになりました。アルバイトをしながら(色々やりました)退職金を切り崩して何とかしのぎましたけれど、3年後に国家試験がありましたので背水の陣ではありました。でもこれが私の「人生100年対策」だったわけです。世の中では「定年退職後の2千万円問題」などと言われますが、貯金がなければ稼げばいいと腹をくくっています。(笑)「金は天下の回りもの」ですよ。これからまた頑張ればいいじゃないですか。この先まだまだ長いです。患者さんの立場に立ち、皆さんの健康を考えながら仕事が出来ることは本当に幸せだと考えますし、働くことに生きがいを感じながら生活しているのも幸せですね。
人生100年時代って何?(海外生活)
2022年4月29日(金)
10代のころから10年後の自分を考えながら生きてきた気がします。10代はスポーツ(サッカー・バスケット)ばかりしていましたが、勉強はそれほどしていたとは言えません。20代になったら海外生活がしたいという思いから体を鍛えていたところがあります。(受験勉強から逃げていたところがありました。)性格的にまだまだ甘いところがありましたね。でも遅まきながら大学に入ってやっと少し学問に目覚めました。インドネシア語を勉強したんです。大学の3年の時にアルバイトで稼いだ金をすべてつぎ込んでインドネシアへ行きました。ここで2ヶ月ほど滞在しましたがこれで目が覚めましたね。自分の生きる道はこれだと思いました。卒業後の就職は、入社試験時の面接で一番早く海外へ行けそうな会社を選びました。その甲斐もあり27歳でシンガポールへの出向が決まりました。自分の生き方が認められたようで達成感はありましたね。35歳からは香港へ移動。41歳までの14年間が海外生活でした。海外で仕事することは自分の天職だと思っていました。のちに接骨院を開業するとは思ってもみませんでした。
スポーツをすることはまだ続いていました。何でスポーツをするのか?という理由は、走ることで顔に風を感じることが好きだったからだと思います。30代では海外の現地チームに入りラグビーを。40代では日本へ帰って来たところでアイスホッケーを始めました。アイスホッケーを始めたのは思うように走れなくなってきたからなんです。スケートは走るより速いんですよ。体力の衰えにあわせて変更したのは、ちょっと邪道だったかもしれませんが(笑)
日本へ帰国後、スポーツ以外に「陶芸」や「アルト・サックス演奏」も趣味で始めました。これは案外今の接骨院開業への足掛かりになっています。なぜなら、体の痛みは運動時や運動後に発生すると考えていましたが、体が止まっている状態(緊張状態)でも体の痛みが発生することに気が付いたのです。いつも同じ状態を維持しなけらばならない場合でも体の痛みは発生します。当院の近くには陶芸家や音楽大学の生徒さんもいらっしゃいますので、体の痛みを感じた場合のはご自分で抱え込まず、まずは来院していただければと思います。痛みの軽減は可能です。
人生100年時代って何?(旅立ち)
2022年5月6日(金)
40代になって自分の体にも肉体的な弱みが出てきたころ、『体の老化』について非常に興味を持ちました。どうしたら肉体的にも精神的にも若さを保つことが出来るか...と考えたとき、「人間の体の仕組みと病気にならない体」を作ることを勉強したいという欲求が湧いてきたのです。そこで考えたのが「整体学校」へ行くということでした。体を治す方法を知りたかったのです。幸い、当時の会社で仕事をしながら、土曜日、日曜日の2日間で通える学校を見つけました。2年間で開業までの一通りの勉強ができるコースでした。現在当院で使用している施術は、この時勉強した技術がベースとなっており、使っている技はその応用です。ただ2年間で整体学校を卒業した時にこのままではまだ開業はできないなと思いました。何故なら、腰痛や肩こりを治す技術は身についたのですが、医学的な知識がまだまだ足りないと感じたためです。「体の仕組みも病気の種類もわからないのに、人に体を治すことはできない。」と考えたわけです。そこで、One Step力量を上げるために、夜間部のある「柔道整復師(接骨院開業資格)」の専門学校へ行くことを考えたわけです。広く深く医学的な知識を学ぶためです。48歳の時でした。
柔道整復師の資格は「国家試験」に連動します。この資格がないと接骨院の開業ができません。試験勉強の結果がすべての世界でした。寝ても覚めても勉強のことを考えていました。でも目標があったので苦にはなりませんでした。今現在でも日本中に色々な「国家試験」を目指している方々がいるわけですが、そのすべての皆さんに『がんばれ!!』とエールを送りたいですね。今は苦しいかもしれないけれど、その先には必ず『あなたの未来』があります。私自身も人生の中で一番熱心に勉強した3年間ではありました。専門学校時代の同級生はモチベーションを保つ上で非常に助けになりました。クラスメートは自分より若い人たちが多かったのですがそれもまた新鮮でした。